ロシアより愛を込めての巻・1

 

   私の3回目の海外旅行は、ロシア。しぶい?

   私が大学生になって、初めて自らプロデュースした旅行の行き先は、ロシア。

 初めての自分の海外旅行がロシアだったなんて、なんて私は物好きだったんだろう。

   何故ロシア?

 ロシアを選んだのには訳があった。

 私は大学で第二外国語にロシア語を勉強していた。

 昔から妙にロシア語の響きに興味があって、大学に入ったら第二外国語はロシア語をやろうと、何故か中学生の時から計画していた。

 そしてロシア語を専攻し、ロシアにも行ってみたくなった。私は相棒をロシア語のクラスで得て、ロシアへ向けて旅立った。

 それはソビエト連邦が崩壊して、1年後の夏だった。

   ロシア:それは旅行代理店のお姉さんもあまり知らない国

 私がロシアに行った1992年夏には、まだロシアに行こうという旅行者はあまりいなかったようで、準備も一苦労だった。

 まずチケットを買いに旅行代理店に行った。

 ロシアに行くにはビザが必要だということでそれをとらなくてはならなかった。

 次にホテル選び。

 ホテルは当時外国人が止まることのできるホテルが決まっていて、その中から選ぶことしかできなかった。

 それが異様に高い!

 ルーブルなんてガンガン価値をなくしてきているのに(当時、前の年と比較すると簡単にルーブルが100分の1の値段になっていた時期)、一泊16,000円だという。

 非常に痛いが仕方がない。

 次にモスクワからサンクトペテルブルグに移動する際の夜行の切符。

 これは旅行代理店では手に入らず、現地にいかないと発行してもらえないということだった。

 その時説明された汽車の切符のもらい方、どこに行けばいいのかなどが旅行代理店でいわれたことと、実際現地に行ってやらなくてはいけないことが大分違っていた。

 そういえば旅行代理店の人も「多分、○○に行って○○するんだと思いますが・・」という説明しかしてなかったな・・・。

   ここ、国際空港?

   成田を出て十数時間後、モスクワのシェレメーチェボ第二国際空港に無事ついた。

 飛行機を降りて空港内へ向かう。

 しかしこの国際空港内がこわいほど暗い。どうして電気をつけないんだろう・・。

 小さな豆電球ほどの明かりはついているが、これ・・本当に国際空港?まず初めっから不安でいっぱいだった。

 そしてパスポート検査。ロシア語で何かいわれる。よくわからない。下に行けといっているようだ。

 よくわからないけど、荷物の所までやって来た。

 どうやら空港から出ることができるらしい。

 空港を出たはいいがこれからどうやって町へ行っていいのかわからない。

 夏だというのに(9月だったとおもう)寒い!

   なんとかタクシーに乗り込み予約してあった、そこにしか泊まれないという“国際的近代”ホテルへ着いた。

 不思議なことにホテルについてタクシー料金を払おうとすると、ルーブルではダメだという。

 タクシーのおじさんが作ったであろう料金表のようなものを見せられて、空港からこのホテルまで○○ドルと書いてある。

 まさかロシアに来るのにドルなんか持っているわけないじゃん!と思ったが、私の相棒が何故か持っていた。

 それでこの危機は無事切り抜けることができた。

 こんなにもロシアの人がドルを欲しがっているとは知らなかった。

 それにルーブルにはあまり興味を示さない。

 この問題がこの旅後々まで深く関係してくるとは、この時は予想しなかった。

   モスクワ市内

 国際的近代ホテルという割には、エントランスがまず壊れていて工事中。

 しかもホテルについて予約を告げたところ、名前がない。

 ロシアに着いたそうそうホテルのロビーで数時間待たなくてはならなかった。

 やっと部屋に入れたかと思ったら、鍵が上手く閉まらない。

 トイレもなんだか汚れている。

 しかしとにかく疲れていたので、シャワーを浴び、さっさと寝ることにした。

   次の日は朝食を求めて、モスクワの町へと出かけた。

 ホテルを出ると大きな通りにぶつかり、そしてその向こうが観光のメイン通りアルバート通りがある。

 なんとか地下道を探し、向こう側の通りに行く。

 アルバート通りを一通り歩く。

 通りにはたくさんの店や土産物を出している露店のようなものがあった。

 中にはサーティーワンアイスクリームやピザやさんもあった。

 値段もあまり定まってないのか、直径30センチほどのピザと、サーティーワンのアイス1個がだいたい同じ値段だった。

 道ばたで売っている自家製のアイスはすごく安い。

 私達はたくさんの種類のアイスを試した。

   しばらく歩くとクレムリン、そして赤の広場に着いた。

 ここまで来ると、ああロシアだなぁ・・という気分満々。タマネギ頭の建物のあるクレムリンの写真をバシバシ撮る。

 そうこうしているうちに暗くなってきた。

 帰りは地下鉄に乗って帰ってみた。

結婚式をやってました。女の子が欲しいときには

車の上にこのような人形をのせておくって本で読んだような・・

   地下宮殿:地下鉄

 ロシアの地下鉄は地下宮殿といわれるほど美しい。

 駅がそれぞれ違った顔をしている。ストックホルムもこの手の地下鉄だ。

 地下鉄というと私は一番に猛烈な速さのエスカレーターを思い出す。

 本当にすごい速さなのだ。

 当時、エスカレーター下には人が座っていた。多分このエスカレーターで何かが起こったときに助ける人なんだろう。

 地下鉄ホームの内装が駅ごとに違うので、駅の名前を覚えなくても「あ、ここ来たな」というのがわかる。

 当時モスクワの地下鉄はコイン式だった。

 改札前の窓口でコインを買う(いくらかは忘れた)。それを改札に入れて通るというわけ。1回入ったらどこに行っても同じ値段。パリの地下鉄と同じだ。

   夜行列車でサンクトペテルブルグへ

 私達はホテル代をうかすために夜行でロシア第二の都市、サンクトペテルブルグへと移動した。

 この夜行電車の切符を受け取るのが、また一苦労だった。

 まず日本の旅行代理店に言われた、ここでもらえるであろうという場所に行って事情を説明する。

 受付の人は訳がわかってない様子。そして横のカウンターにいけという。

 そこでも同じ。また別の場所にいって聞いてくれといわれる。

 そして次の場所。またもとの受付へと戻ってきた。

 そこで「これはここじゃない」といわれる。

 結局私達が切符をもらいに行くところはここではなかったことがわかり、それがどうやら自分たちの泊まっているホテルの一室に行かなくてはならないことが判明した。

 もう、電車の切符をとるのも半日がかりである。

   何とか切符を手に入れて、観光もそこそこスーツケースを持って駅へ向かう。

 時間ぎりぎりになってあわてなくてもいいように、前もってスーツケースを駅に運んでおこうという計画だった。

 駅は簡単に見つかり、私達は荷物を預けた。そして駅周辺に散歩へと出かけた。

   道ばたでの食事

 ここで私達が食べていたものをちょっと紹介。

 この旅行中、私達はほとんどろくな食べ物を食べてなかった。

 というのも、まずレストランがどこなのか全くわからなかったのだ。

 ヨーロッパの古い町並みの中、どこかにレストランがあるはずなのだが、レストランの看板やサインが全く見つけられない。

 しかたなく私達は空腹になったときは、道ばたでうっている簡単な食べ物を買って食べていた。

 その中でも印象に残っているものは、アツアツのピロシキ。

 ロシアといったらピロシキを一番に思いつく。このピロシキ、1個約5円ぐらいだったと覚えている。

 ピロシキ売りの人は小さい新聞紙にアツアツのピロシキをささっとくるんで私に渡した。空腹のせいだったのだろうか、すごく美味しかった。

 その他に、お米入りのパンもあった。

 パンの中にお米がブツブツ入っているのだ。これはあまり美味しいとはいえなかったが、私の空腹を癒してくれた。

 ハンバーガーもどきにも出会った。

 かたいパンに肉団子のようなものと、薄くスライスしたキュウリ1切れか2切れ。それにソース。

 全体的に冷たくてかたいハンバーガーのようなもの。

 その他によく食べたものは前にも書いたがアイス。

 サーティーワンのような外国のアイスクリームやさんも当時モスクワには既にあったが、主に道端で出会っていたのは、オバチャンが自宅で作ってきてうっているようなアイスやさんだった。

 値段も多分5円か10円ぐらいだったと思う。

 ガイドブックにもよく書かれていることだが、モスクワっ子はどんなに寒くてもアイスを食べながら歩くのが好きだという。

 私達が訪れたときも、老若男女、みんなアイスをペロペロなめながら歩いていた。

   飲み物はキオスク(私達は色んなモノがうってあるほったて小屋のようなものをこう呼んでいた)にうってあるコカコーラやファンタ製品。

 これぐらいしか私達が飲めるものは町にはなかった。

   キオスク

 キオスクの話を少し。

 キオスクの正式名称は知らない。ただ私達がこう呼んでいただけだ。

 もちろんロシア語にもキオスクという名の小さなお店があるが、私達が呼んでいたキオスクが本物のキオスクかはどうかは今だ謎。

 これは小さな掘っ建て小屋のようなもので、とにかくどこに行っても道路沿いに建っていた。

 日本のキオスクのように何でもうってある。

 お菓子・ジュースからパンティストッキングやボールペン、口紅、そしてキャビアまで、とにかく彼らが持っているものを全て並べて売っていた。

 値段もまちまち、売っているものも店によって違う。

 とにかく町中に建っていたので、小腹がすいたときには便利だった。

    電車が出ちゃう!

 夜行列車の出発数時間前に駅へ行き、荷物を預けて一安心していた私達は、今度は電車がでる1時間ほど前に駅へ戻り、出発ホームを確認しながら待つことにした。

 電光掲示板の前のベンチに座って、駅構内で売ってあるサンドイッチや飲み物を買い込みながら待っていた。

 しかし電光掲示板に私達が乗る電車は表示されず、その後の電車が掲示された。

 これはおかしい!

 私達は焦り始めた。

 しかしまだ出発まで1時間ぐらいある。そんなに焦らなくても大丈夫だろうと、自分たちを安心させながら問題解決策を練った。

 駅員に切符を見せてこれはどこから出発するのかと聞く。

 すると駅員さんは、これはこの駅ではなくて、通りの向こう側にあるサンクトペテルブルグ駅から発車するんだよという。

   私達はモスクワからキエフへ向けて出発する駅が集まっている「キエフ駅」にいたのだ。ロシアは面白いことに(今はどうだか知らないが、当時)キエフに向かう列車が出発する駅を、例えそれがモスクワにあったとしても「キエフ駅」と呼んでいた。

 この一帯にはロシア各地に向かう大きな駅が点在しており、私達は間違った駅に来ていたことがわかった。

 これなら大丈夫。あっち側の駅に行けばサンクトペテルブルグ行きの電車に乗れるんだ。

   私達は重たい荷物を引きずって、駅員からいわれたようにキエフ駅から遠くに見えるサンクトペテルブルグ駅に向かった。

   駅について出発時間も差し迫ってきたことだし、さっそく出発ホームを探すことにした。が!その肝心の出発ホームがなかなか見つけられないんだ。

 時間は迫ってくる。

 自分たちで見つけられないので、その辺にいる人に切符を見せて聞く。

 するとその人達は「おお!これはもうすぐ出発じゃないか!急がなきゃ!!(といっているんだと思う:多分)」というばかりで相手にならない。

 だから!どこから出るのか方向だけでもいいから、教えてよ!!!!

 この時点私達は汗ダラダラだった。9月の寒いロシアだというのに。

   やっとのことで「あっちだよ!」という人に出会って無事ホームを発見。

 出発2分前に列車内に滑り込むことができた。

 とても数時間前から準備していた旅行者には見えなかっただろう。

(ロシアより愛をこめて・2へ続く)

 

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